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人はなぜブログを書くのか

2005年09月03日(土)

 人はなぜブログを書くのか? それは孤独だからだ。そして孤独な意見を、なんとか社会的な意見に仕立て上げて、エントリを書く。他人に自分の意見を、そして自分を、分かってもらおうとする。

 ではブロガーはなぜ孤独なのか。つまり彼は不満だからだ。一般の忙しい人々は、世間の欺瞞や齟齬を見つけても、忙しさのあまり素通りするだろう。しかしブロガーは真摯であり、時間を持ち、欺瞞や齟齬が我慢できず、それ以上に素通りする人々が我慢できない。だからその不満をぶつけ、人々に知らしめるために、彼はブログを書くのだ。

 じゃあブロガーはなぜ不満なのか。それは彼が不遇な道徳家だからだ。彼は理想的な倫理観や世界観を持ち合わせ、自分と世界のあるべき姿を心に描いている。あるいは、世界が守るべき、内なる律を持ち合わせている。しかし残念ながら、現実の彼は彼のあるべき姿に遠く、この世界は彼の律など守らない。彼は不幸であり、世の中は非道徳的である。だから彼は世界を非難する。非難することで、自らの不幸をささやかに慰める。

 一方、他者を非難する事を好まないブロガーも多くいる。彼女は他者を非難せず、ただひたすら自分のことを書く。今日起こったこと、今日感じたこと、今日話したことなどを書き続ける。彼女は不遇な道徳家だが、他者を非難することは彼女の内なる律にそぐわない。彼女は孤独であり、彼女は争いを好まない。彼女は他者に明示しない叫びを上げ続ける。彼女は誰かが慰めてくれるのを期待してブログを書く。

 すべてのブロガーは不遇な道徳家である。ブロガーは道徳的であるがゆえに不遇である。そして不遇であるがゆえに孤独である。悲しいかな。

 そこで、ブロガーが不遇を払拭する道は一つしかない。それは自らが気狂いであることを世に示すことである。気狂いであると宣言することで、彼・彼女は自分の内なる律から逸脱することができる。そして筆力次第で、不道徳な世の中の体現者たることができる。

 これを見事に演出できているのはhankakueisuu氏であろうか。あの所行はとても真似できるものではない。他者をデコラティヴに貶めて褒めそやし、自分をデコラティヴに貶めて昇華する。ブロガーで最もたくましい不正直な道徳家は彼かもしれない。
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