ノビイズム 三国志・戦国

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「韓遂らと共に挙兵したのは、馬騰、馬休、馬鉄の殺害が目的」

2005年10月06日(木)

 馬超が韓遂らと共に挙兵したのは、血族である馬騰、馬休、馬鉄の殺害が目的であったと馬超本人が語った。週刊ニートが伝えた。
 
 211年、馬超の父馬騰、弟馬休、馬鉄が朝廷帰順のため洛陽へ赴いた際、西涼にて留守を預かる馬超は朝廷有力者の曹操に反旗を翻し、これが元で馬騰、馬休、馬鉄は曹操に殺害されたが、この事件は馬超の策略であった事が明らかになった。馬超は、馬騰がSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のMixi(ミクシィ)のヘビーユーザーであることを利用し、ミクシィに偽名で登録。朝廷関係者を装い、「今帰順すれば官職大出血サービスしちゃうんだからぁ(はぁと) ぷろぢゅーすどばい 曹操猛徳」などと書き込み、偽の帰順を促し洛陽へ赴かせた上に、曹操に反旗を翻し馬騰ら三人を殺させた。
 
 馬超は「普段から馬休ら弟達に『超兄貴』呼ばわりされ、一部同人誌も発行されるなどし鬱憤が溜っていた。頻繁に「今日の超兄貴はいつもよりキレてるよね!」「デカイ、デカイよ!」「ナイスバルク!」と言われ虐められた。『超』という名前を付けた父馬騰を呪った回数は数知れない。その上に、「呂布x馬超」という同人誌を見つけ、怒りが限界に達して三人の殺害を決意した。曹操はどうでもよかった。今では反省している」と述べ、西方の羌族の地に逃走したと見られている。
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