[本]戦略的思考とは何か(岡崎久彦著 中公新書 1983年初版)

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[本]戦略的思考とは何か(岡崎久彦著 中公新書 1983年初版)

  • 2004年12月13日(月)
  • カテゴリ:政治・経済・戦略
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 読了。以下、本書の概要を記す。カッコ書きは本書からの引用。
  • はじめに
     序文。「本論の目的は、日本の国内事情を中心とする天動説的立場から日本の防衛政策を論じることではありません。日本の政治は最終的にはその時点における国内事情が許す範囲内で防衛政策を決定するのですが、その決定に際してまず参考とすべき客観的諸条件の判断において、国内事情からくるこだわりや希望的観測は一切排して、できるかぎり曇りのない目で見ることを期するのが本論の目的です。」
     ということで、平たく言えば本書は客観的な情勢分析をする為の本ですよ、と著者は書いている。
  • 第一章 伝統的均衡
     「近代前の日本をめぐる戦略的環境は、世界史上稀に見る安定性を示しています…(中略)そして、この近代前の環境における例外的な日本の平和を支えたものは、もちろん日本の地理的特性ですが、それに加えて中華帝国というものの独自な性格と、その間に介在する朝鮮半島住民の特殊な民族性が果たした役割があります」
     著者の言う近代前とは概ねAD500~AD1800の間のことと考えてよい。この章で著者はまず、日本は長期に渡って国際的に平和であったこと、その平和の原因は日本の地理的特性(島国で大陸とは距離がある)と、東アジアの覇権国家であった中国の性格が、他国を侵略して征服するよりも属国化して宗主国となることを良しとする性格であったこと、加えて日本と大陸との間に位置する朝鮮が、その位置取りから来る因果として結果的に大陸から日本への侵略を食い止める役割を果たしていた事を指摘する。別の言い方をすれば、日本が長期間平和だったのは日本が優れていたからではなく、日本は単に運が良かっただけだと。そして、人種的にはほとんど違いはないであろう日本人と朝鮮人の性格の違いは、日本は歴史的にひたすら運が良く被支配の経験がないのに対して、朝鮮は歴史的にひたすら運が悪く虐待されてきたから―とまでは書いてないがそんな感じ―と記述している。そして、近代以前の日本人は、運だけで生き残ることができたが故に、緻密な戦略を必要とすることなく、結果的に戦略白痴になったとも述べる。
  • 第二章 日清戦争と軍事バランス
     第二章では日清戦争前後を例に、二国間の軍事バランスが変化する事の意味について述べている。例。日本は明治維新以来、海軍力では中国に完全に負けていたので中国には平身低頭でした。しかし、日本が軍拡を続けた結果、1894年頃にはほぼ互角になったので戦争を吹っ掛け、勝ちました。
     そして著者は以下の様に述べる。
     「二つの国の軍事力を比較する場合、大局的に見て有意義な物差しは、「ほぼ同等」の状態か、いずれかが「明白に優位」であるか、の二つしかないと考えてよいでしょう。そこから先の勝ち負けは実際に戦争する人に任せるしかありません。ほぼ同等の状態で、日本側の主砲が貧弱だとか、国防費の負担が過大で国庫が窮乏しているとか、それがみんな事実としても、だから日本の脅威はないといって安心する材料にはならないということです。」
  • 第三章 北からの脅威
     第三章ではロシアがシベリアを含めた極東に進出する理由と意義について書かれている。簡単にまとめると、
     1.ロシアは大陸国家である。故に、国境が首都から一センチでも遠ざかることに安心感を持つ。
     2.また、北方の氷に閉ざされた大陸国家にとって、海洋への出口、不凍港のゲットは悲願である。
     3.ロシアは念願叶ってウラジオストクを建設したが、首都から遠く離れた氷の大地には物資などあるはずもなく、拠点を維持し続ける為には西から遠路物資を運ぶか、それとも周辺国と通商し物資を輸入する必要があった。
     4.西から遠路運ぶよりは周辺国と通商して購入した方が断然安上がりなので、通商を望む。
     5.拠点が発展すると、最初は首都を守る為の拠点であったものが、今度は拠点そのものを守る必要性が生じてくる。また新たな拠点も獲得できるなら獲得したい。
     6.よって満州、朝鮮を欲するのだが、結局取れなかった。
     7.現在の状況は、日本海へ出られるのはいいが、太平洋に出る為には宗谷、津軽、対馬のいずれか海峡を通らねばならず、かつ対馬は抜けてもその先に沖縄米軍がいるし、宗谷は冬は凍るし、津軽を抜けるのはリスキーだしやってられん。間宮は浅すぎ北すぎて問題外。抜けるなら宗谷なんだろね。
     …ということで、ロシアにとってシベリア進出は、利益より損失の方が遙かに大きかったんじゃないかという、ロシアを語る上でしばしば聞かれる話ではある。
     近年は資源競争の激化によりシベリアの資源開発は活発ではあるが、それも内実は採算割れするんじゃないかってプロジェクトばっかりだしなあ。
  • 第四章 アングロ・サクソンとスラヴの選択
     この章では、日本は米英と露のどちらにつくべきかを論じ、結局の所、世界はアングロ・サクソンが支配しているのだから米英につくしかないという著者の持論を展開している。
     「幕末以来、現在に至るまでの日本外交の最大の課題は、極東における二つの力の実体であるアングロ・サクソンとロシアのあいだにあって、いかにして日本の安全と繁栄を確保していくか…(中略)簡単に要約しますと、力の実体といえばアングロ・サクソンとロシアしかない、という極東の力の構造を見失いさえしなければ、情勢判断の大局を見誤ることはまずないということであり…」
     「なお、イギリスもアメリカも一緒にしてアングロ・サクソンというのは乱暴じゃないか、というご批判は当然あると思います…(中略)戦後早々に英国に留学した経験から、英米というものは同根であり、かつ、我々が現在信奉しているデモクラシーというものは、米英仏いかにちがっているようにみえても、結局はアングロ・サクソン的制度だと確信しているからです。」
  • 第五章 日露戦争からの四十年
     明治の元勲達は、維新を生き抜いてきた人達であるので、本質を見極め大局を読む眼があった。だが明治の第二世代は、元来の戦略白痴な日本人だったので、呑気に功名心に燃えながらも日本人らしいつまんねえ官僚主義や事なかれ主義を忘れず、辻褄合わせに精神論唱えて現実を見ておらず、戦略もなく、結果米と戦争して負けました。合掌。
  • 第六章 デモクラシーで戦えるか
     民主主義下の国民は、平和を好み負担を嫌うので、基本的に防衛戦争にしか協力しない。
     「「つまり自由とは、自分の属している国の安全ということ、それが他国によって支配されたり侵されたりしないということ、これが第一の意味だったのです。(以下略)」
     また世論が大変重要な役割を果たすので、大義名分や世論対策が重要になる。
     一度戦争になると、大義名分があり大衆の支持のある戦争では、民衆は怒りを伴うので、高い戦闘力を発揮する。また、怒りを伴っているが故に、適当な所で手打ちにする、ということがしずらく、殲滅戦になりやすい。逆に、大衆の支持がない場合の戦争遂行は、多くの困難を伴う。
  • 第七章 戦後世界の基本構造
     戦後世界は米ソの二極構造が中心。60年代まではアメリカが優勢だったが、70年代のデタント(緊張緩和)を経て現在(80年代初頭)ではほぼ同等である。デタントが発生した理由は、ソ連は60年代から一貫して軍拡を続けてきたのだが、70年代の中ソ対立により、ソ連が中国国境に兵力を振り向ける必要が生じたからであり、中国国境に一通りの配備が終わった今、ソ連の運用可能な通常戦力は強大なものになっている。また中国は、攻撃力は低いが懐の深い「負けない国」であるので、アメリカにもソ連にもつかず、独立した影響力を行使しうる立場にある。文革がなければ中国はもっと強大な国家であっただろう。
  • 第八章 核の戦略
     相互確証破壊理論が中心。相互確証破壊理論とは、核で先制攻撃しても核で反撃されて、どっちも破滅するから核は撃てませんね、という理屈。その状態から相手を出し抜く、或いは追いつく為に様々な技術や理論が考え出されたが、結局の所、現在の核戦力は米ソ同等であり、きわどい状況にある。等々。
  • 第九章 新しい戦争
     核攻撃という選択肢のある状況下での戦争は、いくら戦争で優位だといっても、核戦争になったらどうしようもないので戦争のエスカレートを避けようとし、結果として暫定協定が成立し停戦する可能性が高い。朝鮮戦争しかり。そんな条件下での戦争で、日本にとって大事なことは、領土を取られないことである。なぜなら、暫定協定が成立した時点で国境が規定されてしまい、取られた領土は返ってこない可能性が高いからである。仮に日米vsソで戦争したとして、日本は領土を取られたがアメリカは領土を増やした状態で暫定協定が結ばれてはたまったものではない。だから通常戦力は強化する必要がある。等々。
  • 第十章 情報重視戦略
     情報は大事だね。だからどれだけ予算と人員をかけてもやりすぎってことはないよ。アメリカのシステムが素晴らしいからアメリカを見習いなさい。等々。
  • 第十一章 日本の同盟戦略
     アングロ・サクソン以外に同盟を結ぶ相手はいません。アジア主義などという考えは、きちんと考えてみればそれが妄想にしか過ぎないことがすぐわかります。等々。
  • 第十二章 総合的防衛戦略
     仮に他国が日本を攻めるとして、最も有効な方法は兵糧攻めでありすなわち海上封鎖である。しかし、現時点で世界の制海権はアングロ・サクソンが保持している以上、日本はアングロ・サクソンと組んでいればモウマンタイである。ただ食糧の備蓄は政府単位だけでなく各家庭単位でも行うように、住居も屋根裏部屋や地下室等を作って備蓄スペースを確保するようにした方がいいね。以上。
  • あとがき
     戦略は国民全体で議論すべき問題であり、である以上国民は基礎知識としてそれらを学び、知っている必要があるが、現在日本の大学ではどこも戦略論というものを教えていない。戦前は中学生でもそれなりに軍事知識があったが、戦後育ちの人間はほとんど軍事知識を持ち合わせておらず、そのような人が国際関係を語ると、どこか心棒を欠いた物にならざるを得ない。等々。


 以上で本書の概要記述を終わります。いろいろ勉強になりました。礼。ただ少し難を言うと1983年初版という冷戦真っ直中に出版された本なので、読者にイデオロギーで頭がガチガチの人を想定して書かれている部分もあって、その辺はダルかった。また、出版当時は時代の空気として、もしかしたらこの瞬間にも核戦争が起きて世界が滅んでしまうかもしれないといった不安がそれなりに漂っていた時代だったと思うが、そんな時代の日本で、核戦略や核戦争というものについてきちんと考証し記述している部分は素晴らしいと思う。(しかし当時とは違い現在では核が小型化することによって、「実際には使えなかった兵器から、実際に使用可能な兵器へと転身」しつつある。また、通常兵器もとんでもない威力を持つ物が出てきているし、核と通常兵器の境目が曖昧になりつつある現実ってのはどうすりゃいいんですかね。)
 他には、時代の変遷により、現在では著者の指摘が間違っていたり的はずれであったことが明らかな部分もあるが、そういう部分は各自読者が脳内で訂正補完してください。
 
 余談だが、俺の母方の祖父はルソン島からの数少ない帰還兵の一人で(帰還率3%未満の激戦地だったらしい)、銃器の取り扱いや種類による威力の違い等について詳しく話を聞いたことがあって、あーやっぱ戦争行った人なんだなあと感心した事がある。いやそれだけですが思い出しました。戦後育ちの人間はミリオタじゃない限りそんな知識は持っていないし。

 あと、この本を読んで、読者が戦略的思考をできるようになるかというとそれは無理でしょう。戦略や外交というものを理解して戦略的思考を身につけたいと思ったら、この本を読むよりは三国志netで国造って王様やるか、それともディプロマシーやるほうが肌で理解できます。どちらかと言えば、ディプロマシーよりは三国志netで国建てて王様やるのがお勧め。三国志netには軍事力も経済力も国面積もあるし、国内世論や国際世論やら大義名分とか信義則とかスパイも工作員も根回し外交も不意打ち開戦も外交担当者と国民の温度差もとにかくあらゆる要素があるので、外交や戦略というものを肌で理解するどころか神経衰弱して胃が痛くなるまでたっぷりと堪能できます。てゆうか感情的に必ず揉めて激しく疲れるので俺自身はもうやりたくない。そもそも廃人じゃないとあのゲームの上層部は務まらないし。以上。
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