モーリス・アレと咳と熱

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モーリス・アレと咳と熱

 はやしさんが「アレのパラドクス」を紹介していますが、取り上げられていた例がおかしいと思ったので反論してみます。以下引用。

次の(a)、(b)という選択肢があったら、どちらを選ぶ?

(a) 100%の確率で、つまり確実に100万円が手に入る。
(b) 89%の確率で100万円、10%の確率で500万円が手に入り、1%の確率で何も手に入らない。


じゃあ、次の(c)、(d)の選択肢だったら、どうだろう?

(c) 10%の確率で500万円が手に入り、90%の確率で何も手に入らない。
(d) 11%の確率で100万円が手に入り、89%の確率で何も手に入らない。


さて、この質問、前者は(a)を選ぶ人が多くて、後者は(c)を選ぶ人が(圧倒的に)多い、つまり組み合わせ的には「(a)、(c)」を選ぶ人が一番多いらしいんだけど、合理的な意思決定をすれば、(a)を選べば(d)、(b)を選べば(c)、ってなるっていうんだよね*1。

こういう(前者でのように)「リスク回避的」になったり、(後者でのように)「リスク愛好的」になったりという、人間の一貫しない在り方を指して「アレのパラドクス」(こういう現象を解析したフランスの経済学者モーリス・アレに因む)と言うんだけど、おもろいよね。


 ということなんですが…私なら迷いなくbとcを選びます。というか、cは間違いないとして、bよりaを選ぶってのがよく分かりません。だって、bがaを下回る確率はたった1%ですよ?89%はsafetyで、10%は500万ですよ?だったら迷いなくbと思うんですが。うむむ。

 さて、一般には、投資活動は期待収益とリスクの二つを軸に評価されます。そのうち期待収益は期待値、リスクは分散や標準偏差といった指標で測定されます。
よって参考に、abcdの期待値、分散、標準偏差を出してみます。

期待値(大きいほど良い)
a. 1 * 100 = 100
b. 0.89 * 100 + 0.1 * 500 + 0.01 * 0 = 139

c. 0.1 * 500 + 0.9 * 0 = 50
d. 0.11 * 100 + 0.89 * 0 = 11

分散(全可能性の期待値からのずれの二乗の和。数字が大きいほどぶれが大きい)
a. 1 * (100-100)^2 = 0
b 0.89 * (100-139)^2 + 0.1 * (500-139)^2 + 0.01 * (0-139)^2 = 14579

c. 0.1 * (500-50)^2 + 0.9 * (0-50)^2 = 22500
d. 0.11 * (100-11)^2 + 0.89 * (0-11)^2 = 979

標準偏差(分散の平方根。数字が大きいほどぶれが大きい)
a. 0
b. 120

c. 150
d. 32

 となります。

 これにより、投資家は、期待収益を最大化させたいなら期待値よりbとcを、リスク回避的でありたいなら標準偏差よりaとdを選ぶのが合理的である、とされます。

 ということで、数字の部分はなんらおかしくないのですが、
>組み合わせ的には「(a)、(c)」を選ぶ人が一番多いらしい
って部分がおかしいんじゃないと思いました。

 で、この>組み合わせ的には~らしい、の部分は数学ではなく統計ですね。この統計がおかしければ、数字が如何に正しかろうが(いや数字は正しいが故に)奇妙な結果がでるわけです。そこに数理社会学という分野の微妙な問題が垣間見える気がする、とは言い過ぎかもしれないけれど、恣意が入る余地があるわけで、主張は理解されるものではなく信じられるものになる余地がでてきます。ってのは言いすぎだけど。うん。

 今回のはなんか変だね、と直感的に思ったので反論してみましたけど、安全性に重きを置けば、bよりaを評価するのも分かる気はします。
 そういう観点から考えるに、アレのパラドクスってのは100%の安全性がある場合と、多少なりともリスクがある場合を比較して回答者にリスク回避させ期待値の低い方を選択させるのがパラドクスを作る肝なんでしょうが、確かに100%の安全というものは貴重であってそれは特別なボーナス評価を与えられるべき数値だとは思いますがこのボーナス評価値が人によって違うよねって話なんだろうと思います。多分。一応アレのパラドクスでぐぐったけど具体例は見つけられませんでした。

 …ついでに、投資家が常識的判断を失うのは、現実の数字よりも「こうあって欲しい」という自分の希望を優先させて失敗する人が多いかと思います。過去の損失(サンクコスト)を、過ぎ去ったものとして忘れて現状のリスク/リターンを再計算すべきなのに、サンクコストに囚われてしまい適切な判断ができず雪だるま的に損失が膨らんでゆく、って状態がよくある損失の例ですね。

 つーか、モーリス・アレってどんな人よ、と思ってググったら、こんなのが出てきました。やっぱアレですね。ちゆーかまともな解説ページが見あたらなかったよママン。喉も痛いし咳は出るしちょと熱っぽいしもう寝る。

    ∧ ∧         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| ̄ ̄( ゚Д゚) ̄ ̄|   <  疲れた!寝る!またな!
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 本当はカルフールの撤退についてやあきんどスシローとくら寿司の財務比較やキーエンスのカラクリについて書きたいと最近ずっと思ってたんだけど暇ねー。つうか書きやすいエントリから書いて肝心なことは先送りにしちまってる。まーいーや。寝る。
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コメント(-件)(5件)

はやし:ごもっとも

へいへい、めむひさん、おこんばんは。

「組み合わせ的には『(a)(c)』が一番多い」って、それ統計的にどうなのよ?ってことだけど、それねえ、おれも実は書くとき、というか、読んだときから思ったんだけど、まあ「(c)を選ぶ人が*圧倒的に*多い」って記述から、「(a)かつ(c)」を選んだ人が実際に多かろう、という(かなり甘い)判断を下した。でも、どれぐらいのサンプル数で、各々の選択肢を選んだ人がこれこれで……ってのは、残念ながら『数理社会学入門』には載っとらんかった。

あと、そんな統計的詐称を持ち込んでまで、パラドクスをわざわざ生じさせんだろう、という、おれの「学者の良心」に対する甘さ、もあるかな。

つわけで、ちゃんとしたことを調べようと思ったら、Econometricaに載ったアレの原論文を見るしかない……のかな?

ま、自分がどうするかはともかく(ちなみにおれも絶対「(b)(c)」だな、選ぶとしたら)、世の人はそんなに期待収益とリスクを考えとらんのじゃないか、とおれは思っちゃうんで、「(a)(c)」の組み合わせを*実際に*(統計的に、ではなく)選ぶ人が多い、つっても、そんなに奇異ではないかな、と思ったことでありますよ。

  • 2005年03月18日(金)02:39:48
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はやし:そうそう

アレについてはここ http://cepa.newschool.edu/~het/profiles/allais.htm が纏まってるようであります。

ちょっとここを起点に色々読んでみて、件の実験に関してもっと詳しいことが分かったらお知らせします。

  • 2005年03月18日(金)02:44:19
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  • 編集
めむひ:

はやしさんいつもどもです。なんとか生きてます。寝るとかいいつつかきこむ元気もあるし。

んで、
>そんなに奇異ではないかな、と思ったことでありますよ。
<修正>いろいろ考えてたら私もそう思うようになりましただ。</修正>さっきちょこっと修正した部分を自己引用すると、

アレのパラドクスってのは100%の安全性がある場合と、多少なりともリスクがある場合を比較して回答者にリスク回避させ期待値の低い方を選択させるのが肝なんでしょうが、確かに100%の安全というものは貴重であってそれは特別なボーナス評価を与えられるべき数値だとは思いますがこのボーナス評価値が人によって違うよねって話なんだろうと思います。多分。

って感じでした。関係ないけどはやしさんとこにすげぇと感動したりしてなんか書きたいエントリが複数あるんだけど、暇ねー眠いーで何も書いてないですけど表現活動はアウトプットが全てであって思っているだけで書かないんじゃなんもならんよねとかどうでもいいけど書いて寝ます。ではではー。

  • 2005年03月18日(金)02:47:15
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めむひ:

ということでちょこちょこ修正。はやしさんurlどもです。今度こそ寝る。

  • 2005年03月18日(金)02:58:59
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はやし:そうだそうだ

と、はたと思い至ったってことを書こうと舞い戻ってきたら、すでにレスが! はえー!

でね、おれが最初理解していたところでは「(a)選んでる人が多くて、(c)選んでる人が多い、っていう前提から、(a)かつ(c)を選んでる人が多い、っていう結論引き出すのはどうなのよ?」っていう疑義かと思ってたんだけど、むしろ「限られたサンプル数での調査結果を、全人類的に敷衍するのはどうなのよ?」っていう、言うなれば統計学の根幹に関わるような疑問、なのかな、めむひさんが抱いていたのは。

そうだとすると、確かに統計が絡む主張っていうのは、「知」よりも「信」の問題だ、ってことになっちゃうけど……まあ、数学を除くほぼ全ての学問(つまり、観念界で公理系立てて、そこから許された推論規則で演繹して……というのではなく、どっかで現実界との接点が生じちゃうような学問)は、ぎりぎりまで詰めてくとこの「信」にぶち当たらざるを得ないから、おれはオプティミスティックに、「多分大丈夫だよ、うん」って突っ切っちゃうな、ということで。

それと、そう、最近更新なかったから、ひそかに心配はしてたんですよ。で、どうも風邪っぽいながらも、ブログ更新してたんで、安心しました。

それにしても、おれんとこで「すげぇと感動したりして」となっちゃうような何か、あったっけなあ。まあ、おれが書いたものそのものが、ということではなく、あくまでめむひさんの中のトリガー引いた、って感じなんだろうけど、にしても気になるな。

つことで、お暇かつ調子よし、なら書いてよね、だけど、体調回復および勉学が最優先事項なのであります!

あー長々とすんません! ではでは!

  • 2005年03月18日(金)03:07:50
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